大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和25年(れ)1345号 判決 1953年12月25日

主文

原判決を破棄し本件を札幌高等裁判所に差し戻す。

被告人田村辰雄の本件上告を棄却する。

理由

一、検察官の上告趣意第一点

上告趣意は、その前段において、原判決が被告人等の本件公訴事実第一の(一)いわゆる一律三割減車行為につき緊急避難の法理を適用して無罪の言渡をしたが、その理由の説示にあたり、被告人等の本件所為当時における抽象的危険の存在を示すに止まり、各列車の狩勝隧道通過の際における具体的な危険の現存せることを認定していないのみならず、緊急避難の一要件である本件三割減車行為が已むことを得ずしてなしたものであるか否かを具体的に認定していないから理由不備又は理由そごの違法があると主張するのである。しかし、原判決の認定した事実及び証拠によれば、原判決は、被告人等が判示狩勝隧道通過にあたり牽引車輪の減車を行わなければ、隧道内における熱気の上昇有毒ガスの発生等により窒息呼吸困難火傷等を生じ生命身体に被害を受ける危険が常時存在していたのであって、その危険の程度は、気象条件、機関車の状況、石炭の良否等の如何により必ずしも常に同一ではないが、新得駅においては狩勝隧道附近の気象状態を適確に観察することができない事情もあって、従って、各列車通過毎に一々厳格な減車率を決定することはできないが、大体において三割という減車率は乗務員の経験等に照し必ずしも非科学的であるとは断言できないとし、結局三割減車の各行為はいずれも隧道通過毎における現在の危難を避くるため已むことを得ないものである旨を認定判示した趣旨と解せられるから、原判決には所論のような理由不備又は理由そごの違法はない。

なお、論旨中に原判決の採用しない証言等を引用して被告人等には本件三割減車行為以外に他に適当な避難行為が可能であり判示所為は緊急避難行為として相当の程度を超えていると主張する部分は、結局原判決の認定と異る事実を前提とするものであって上告理由としては許されないものといわざるを得ない。

次に、上告趣意後段は、原判決が本件公訴事実第一の(二)の被告人等のいわゆる職場離脱行為を緊急避難に該当するものとするにあたり、右職場離脱行為と三割減車行為とは一連不可分の関係にあるものとして一率に前者について構成した緊急避難論を推して論断するに止まり被告人等の各個の所為に着眼して個別的に判示しなかったのは理由そごであるというのである。なる程、原判決は、被告人等の各職場離脱行為を個別的に分別して一々それが緊急避難に該当する旨を判示していないけれども、原判決の趣旨とするところは、被告人等の各職場離脱行為はいずれも緊急避難に該当するものと認定し、ただその判示方法として一括してその結論を示したに過ぎないものであること明白であるから原判決に対する所論の如き非難は当らないものといわねばならない。しかしながら、原判決が「昭和二三年政令第二〇一号の公布実施により従来通り三割減車の争議行為を続行すれば同政令違反として検挙処罰せられることは必然の運命にあり、これを免れんとして定数牽引せんか生命身体に現在の危難を受くべくこの危難を避けんとしてその職を辞すとせば忽ちにして生活の方途を失うことになりここにおいてとるべき残された唯一の手段は職場を抛棄する以外にはない云々」と判示して被告人等の本件職場離脱行為が緊急避難に該当するものとしたことは到底是認することを得ないものといわねばならない。何となれば、被告人等が判示狩勝隧道通過の際、判示の如き現在の危難を避けるためには、昭和二三年政令第二〇一号施行後においても従来通り必要なる減車行為を続行すれば足るものであって更に進んで全面的に職場を抛棄するが如きことは少くとも判示危難を避くる為め已むことを得ざるに出でたる行為としての程度を超えたるものであることは極めて明白であるといわなければならないからである。

されば、原判決はこの点において刑法三七条の規定の解釈を誤った違法があるものというべく、原判決は破棄を免れない。されば、他の論点に対する判断を省略して刑訴施行法二条旧刑訴四四七条四四八条の二に従い、なお、被告人田村辰雄は上告趣意書提出期間内に上告趣意書を提出しないから刑訴施行法二条旧刑訴四二七条に従い主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例